江戸時代中期の宝暦5年(1755年)は、冷害による大凶作に見舞われた年で、不幸なことに領内でも多くの餓死者が出ました。
時の藩主(五代)戸沢正ェ(まさのぶ)はその惨状に心を痛め、暗く心が沈んだ領民を励まし五穀豊穣を祈願するため、その翌年(1756年)、城内にある戸沢家氏神の天満宮の「新祭」を行うよう命じました。その年のまつりでは、天満宮の神輿が領内を巡行し、町方にはそれぞれが飾り物を作るようお触れを出し、酒や賭け事などの規制を緩めました。人々は、競って飾り物を作り、着飾ってまつりに参加しました。
 この飾り物が現在の山車の原型で、始まった年の20年後にはすでに14の町人町の山車が参加をしていたそうです。
 幕末の戊辰戦争での焼け野原、第2次世界大戦下での中断などさまざまな困難を乗り越えても新庄まつりの火は消えず、現在、毎年8月24日から26日までの3日間にわたって開催され、およそ37万人の人出で賑わう東北の夏まつりを締めくくるにふさわしい伝統のまつりとして今日を迎えています。

戸澤神社


天満宮


五代藩主戸沢正ェのお墓  

取材協力:新庄ふるさと歴史センター

 
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